建築への扉

意識の転機

2007年11月30日(金)

『建築とは何か』ということを真剣に考えもせず、ただきれいな絵を描いているだけでは建築家にはなれない。君はもう来なくていい。今すぐ出て行け!」恩師増田先生を激怒させたのは、私が京大の増田研究室に入って間もない頃であった。

高校生のとき建築に魅せられて、自分なりに建築に取り組んできたつもりであった私は、その日、アトリエのメンバーが集まり団らんする中で、突然、「君、建築とは何か言ってみろ」と先生に問われ、何をどう話せばよいのかまとまりのつかぬまま、それでも精一杯答えたのであった。そして前述のとおり「出て行け!」と言われてしまった。何が悪かったのか、どうすれば良いのか。途方に暮れながら、その場を去るわけにも行かず、朝方、とぼとぼと下宿に帰ったのであった。翌日、アトリエに行ってよいものかどうか迷いながらも「行くしかない」と自分に言い聞かせ、重い足取りで出かけていったことを昨日のことのように思い出す。

結局 2年間、増田先生にお世話になった私は、出会いがそんな風だっただけに浮ついた気持ちなど微塵もない強い緊張感の中で色々なことを教わり勉強する事ができた。設計するということは、デザインや形が先にあってそこに強引に何かを押し込めていくのではなくて、そこにいる一人ひとりの個性や感性や感情を捉え、空間の中で展開される人間の営みそのものを創造していくことが基本となる。

アトリエを後にして早24年、大手事務所に就職し、思うところあって独立し、様々な業務にかかわり、色々なことを考えながらやって来た。近頃ようやく当時先生の言われたことが何なのか、少しずつわかってきたように思う。建築に夢を見ていた私にとって、あの日が最初の試練の扉であった。それ以来、随分と奥深い部屋にさまよいながら悪戦苦闘の毎日であるが、あの扉が意識の転機になったと振り返る。そして、すでに次の目指すべき扉が目の前に見えている。