建築への扉

四半世紀を経て
(建築を目指す君たちへ)

2013年06月05日(水)

会社を設立してから四半世紀が過ぎました。

スペースクリエーションという社名は、「空間創造」と「創造空間」の両方の意味を秘めています。設計者としてよりよき空間を創り社会に貢献することと、そのような仕事をするにふさわしい創造空間として、所員ひとりひとりが切磋琢磨しながらお互いに助け合い高め合える理想的な事務所をつくりあげることを目標にしよう!…設立当時、私はまだ30歳を過ぎたばかりでした。…27年前の想いが甦ってきます。

振り返ると、出会いに恵まれ、お叱り、励まし、指導を受けながら夢中になって歩いてきました。設計者として、華やかではないが一つひとつ心を込めて丁寧に確実な仕事をやってきたという自負もあります。

私を建築の世界に導いてくれたきっかけは、地元で設計事務所を開いていた叔父夫婦でした。高度経済成長の波は地方都市にも訪れ、とにかく忙しい時代でした。絵を描くのが好きで器用だった高校生の私は、叔父の事務所でアルバイトを始めました。叔母が作ってくれる食事が美味しかったこともあって、熱心に通っているうちに一通りの図面が描けるようになっていました。
しかし、建築設計者になろうと考えることはなく、夢中になっていたのは蒸気機関車でした。雪景色の黒い塊を撮るためにリュックひとつで冬の北海道へ出かけ、駅で一夜を明かしたこともありました。

建築をやろう!と本当に思えたのは、大学に進学し、田中光先生に出会ってからでした。大学でも写真部に入り相変わらず写真を撮っていましたが、それ以上に田中研で先生の設計を手伝うことが楽しくてたまらなくなりました。ある住宅の計画をしていた時、「君の設計しだいで、その夫婦は離婚するかもしれない。あるいは親子の関係が悪くなるかもしれない。家を設計するなら、一人ひとり個性や感情を持った人間として深くとらえ、それを対象に考えなさい。」と教えられました。生活について考え設計できる設計者になろうと思いました。

その後、私は田中先生の恩師でもある京大の増田友也研究室に入ることになりました。そして増田先生から厳しい指導を受けることになったのです。出来の悪い私は、よく先生から「俊輔、俊輔!」と怒鳴られ叱られていました。人間のあり方を深く考え続けておられた先生の思索を理解し設計するのは困難なことでしたが、先生の言葉の意味を追いかけ、著作を読み、所作のひとつも見逃さないようにしながら濃密な時間をすごしました。
建築の設計は、その空間で展開される人間の生活そのものが目標で、建築技術はもちろん、空間に対する感性、人や社会についての理解など幅広い領域にかかわってきます。そして、それらを通して設計者の人となりが問われるのです。設計するのは、怖いこと、責任の重い仕事です。厳しさがあるからこそ、やり甲斐もある。私は建築の魅力に深くのめり込んでいきました。
研究室での二年間を修了して設計事務所に就職する時、先輩から「先生は陰では君のことを褒めていたよ」と言われ、厳しく接していただいた増田先生に感謝するとともに、先生の教えに恥じない設計者になろうと決意を新たにしました。

就職した設計事務所では、住宅、病院、庁舎、スポーツセンターなど、様々な業務を担当しました。初めて計画から設計、常駐監理まで担当した忘れられない業務は建設省近畿地方整備局の加古川大堰管理棟でした。この仕事を終え、暫くして地元のお寺の設計を依頼された年、私は独立して個人事務所を構えました。そして一人で仕事をしながら設計のあり方を考え続け、半年後、仲間と共に株式会社スペースクリエーションを立ち上げたのです。

会社設立から27年目を迎えました。四半世紀が過ぎたころから「次」を考えることが少しずつ現実味をおびてきました。

若い人達には、多くの建物に接し、建築に感動し、空間を感じて、感性を磨いて欲しいと思います。自然を愛し、その恵みに感謝し、畏敬の念をいだきつつ慈しむ心を持って欲しいと思います。人の心や社会の在り方に興味を持ち、気付きを生む眼を養って欲しいと思います。家族を愛し、人生を豊かに楽しめる人であって欲しいと思います。多くのスケッチを描き、線を引き、建築に夢中になって欲しいと思います。

設立から今まで、仕事の内容は時と共に変化してきました。現在は病院や高齢者施設など医療福祉にかかわる業務の比重が増し、この分野を通じてより社会に貢献できる事務所になるよう日々研鑽しています。そして、どんな時も原点である人間の生活そのものについて考え設計することは一貫して変わっていません。

設計に際して心掛けていることはまず、敷地がそこにあり、そのそこに最もふさわしいあり方をしっかりと考えることです。
流行にとらわれることなく、自己主張しすぎることなく、さりげなくそのそこに存在し、一番大切なものを活かせる空間をつくりたいと考えています。
機能面やコストを考慮したデイテールやプロポーションの美しさ、光や風のバランス、空間に与える表情…。空間とは、見えるもの。ところが物じゃない。だから空間を見る目をもった人にだけしか見えないのです。その空間を見る目を育てることが所員を育てることだと思っています。
設計者の本業というのは、見分ける目を持つことかもしれません。
そして、最も大切なのは創ることに対して最後まであきらめないことです。